大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)13814号 判決 1969年1月31日

原告

イースタン交通株式会社

ほか一名

被告

高砂ハイヤー有限会社

主文

1  被告らは各自

原告イースタン交通株式会社に対し、一二六万二一一七円およびうち七一万七一三円に対する昭和四二年一二月三〇日から、うち五一万一四〇四円に対する昭和四三年一〇月四日から各支払ずみに至るまで各年五分の割合による金銭

原告土方勇に対し九二万五三八〇円およびうち八六万五三八〇円に対する昭和四二年一二月一〇日から、うち二万円に対する昭和四三年一〇月四日から各支払ずみに至るまで各年五分の割合による金銭

をそれぞれ支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを四分し、その三を被告らの、その余を原告らの各連帯負担とする。

4  この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告ら―「被告らは各自原告イースタン交通株式会社(以下原告会社という。)に対し一三三万八一一七円およびうち七一万七一三円に対する昭和四二年一二月三〇日から、うち五一万一四〇四円に対する昭和四三年一〇月四日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭、原告土方勇に対し一八四万五三八〇円およびうち一二六万五三八〇円に対する昭和四二年一二月三〇日から、うち四二万円に対する昭和四三年一〇月四日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭をそれぞれ支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言

被告ら―「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

二、原告ら主張の請求原因

(一)  当事者の地位、交通事故の発生、被告中畑の過失

原告土方は原告会社の従業員(運転手)であり、被告中畑は被告高砂ハイヤー有限会社(以下被告会社という)の従業員(運転手)であるが、昭和四一年三月三〇日午後八時四〇分頃、神奈川県川崎市生田二一三二番地先路上において、原告会社の業務のため、原告会社所有の乗用車(多五き七八〇号以下原告車という。)を運転し東京方面にむけて進行中、前方を通行人が横断したため停車したところ折柄被告会社の業務のため、その所有の乗用車(横五か二七―二六号、以下被告車という。)を運転して同方向に進行中の被告中畑が、前方注視、車間距離保持、安全運転の各義務を怠り疾走進来した過失により原告車に後方から追突し、よつて原告土方に対し頸椎鞭打症の傷害を与えた。

(二)  原告らの蒙つた損害

(1)  原告土方の受傷の程度・加療の態様

原告土方は右受傷につき事故発生当日から昭和四一年四月一〇日までおよび同年九月二二日から昭和四三年五月二一日まで安静加療を余儀なくされ、そのうち、昭和四一年三月三一日から同年四月一〇日まで、同年九月二二日から昭和四二年八月二〇日までおよび同年一二月一五日から昭和四三年五月二〇日までの間原告会社を欠勤せざるを得なかつた。

(2)  原告会社の蒙つた損害(原告土方に対する休業補償一一六万二一一七円)

原告土方の受傷は、原告会社の業務中であつたため、原告会社は労働協約の定めに従い、前記原告土方の休業期間中、同原告に対し合計一一六万二一一七円(給与九八万五六一七円、賞与一七万六五〇〇円)を支払い、同額の損害を蒙つた。

(3)  原告土方の蒙つた損害(一六二万五三八〇円)

(イ) 治療費 一一万二五〇〇円

(ロ) 通院交通費 一万二八八〇円

(ハ) 慰謝料 一五〇万円

原告土方は前記のとおり長期間にわたり加療と欠勤とを余儀なくされたばかりか、これにより昇進昇給も遅れたものである。

(4)  弁護士費用原告会社の分一七万六〇〇〇円(着手金六万円、成功報酬一一万六〇〇〇円)原告土方の分二二万円(着手金六万円、成功報酬一六万円)

(三)  よつて被告ら各自に対し、原告会社は右(2)(4)の合計一三三万八一一七円およびうち七一万七一三円((2)中六八万七一三円および(4)の着手金中三万円)に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年一二月三〇日から、うち五一万一四〇四円(2)中四八万一四〇四円および(4)の着手金中三万円)に対する本件請求拡張の準備書面陳述の日の翌日である昭和四三年一〇月四日からいずれも支払ずみに至るまで民法所定の各年五分の割合による遅延損害金、原告土方は前記(3)(4)の合計一八四万五三八〇円およびうち一三八万五三八〇円(前記(3)の(イ)、(ロ)ならびに(ハ)中一一〇万円、(4)の着手金中四万円)に対する右昭和四二年一二月三〇日から、うち四二万円((3)の(ハ)中四〇万円、(4)の着手金中二万円)に対する前記昭和四三年一〇月四日からいずれも支払ずみに至るまで同率の遅延損害金の各支払を求める。

三、右に対する被告らの答弁および抗弁

(一)  原告ら主張の請求原因(一)のうち、原告土方が停車するに至つた事情については否認し、同原告がその主張のような傷害を蒙つたことは知らないが、その余の事実は認める。同(二)は不知

(二)  示談成立の抗弁

昭和四二年三月頃、被告らはその代理人訴外キャピタル保険会社課長石田外威および保険代理人鶴原英文をして、原告ら代理人との間に本件交通事故により原告らが蒙つた損害につき、被告会社が訴外キャピタル保険会社との間に締約中のいわゆる強制賠償保険金の支払をもつて一切を解決する旨合意したから、原告らは右強制賠償保険金請求の手続をなすべきであつて、被告らは該保険金を超える金員の支払義務は負担しない筋合である。すなわち本件事故発生当時、原被告は同業者であるところから、円満に話合いをなし、警察に事故届をしないことを約したところ、後に至り強制保険金請求手続をなす際警察から事故証明の下付をうけられなくなつたので、キャピタル保険会社の了解をうる目的で原告ら代理人と石田、鶴原が会合し、強制保険金の支払で一切を解決する旨合意し、その場で示談書を作成し、右石田において署名押印したものの、偶々原告ら代理人が印章を所持していなかつたため、後日押印のうえ示談書を返送し、その後キャピタル保険会社において保険会社において保険金支払手続をなすことを合意したものである。

四、抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実を否認する。原告会社調布営業所長訴外坂本亘が、昭和四二年三月頃被告会社と交渉したことはあるが、被告側の呈示額が原告土方の要求額と折り合わず、示談成立に至らなかつた。なお原被告間で、本件事故発生当初円満解決を図るため事故届をしなかつたが、その後原告は昭和四一年末頃神奈川県稲田署に事故届をした。

五、証拠〔略〕

理由

一、原告ら主張の請求原因(一)の事実は、原告土方が停車するに至つた事情と本件事故により同原告が頸椎鞭打症を蒙つたことを除き、当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、本件事故発生直前原告土方が原告車を運転中、一時停車したのは、進路左前方の道路側端にいた女性が手をあげて歩行横断を開始するようにみえる態度を示したためであることが認められ、〔証拠略〕によると、当時原告土方は原告車内の後部防風ガラスに頭をうち、さらに前にのめつたものであつて、当夜慈恵医大病院を訪れた際には脳震盪症の診断をうけたが、結局いわゆる頸椎鞭打症に罹患しており、後記のとおり長期間加療を余儀なくされたことが認められ、これらの認定を覆すにたりる証拠はない。

右事実によれば、被告会社はいわゆる運行供用者として、被告中畑は直接の不法行為者として、原告らの蒙つた後記損害の賠償責任がある。

二、原告らの蒙つた損害

(1)  原告土方の受傷の程度・加療の態様

〔証拠略〕を総合すると、原告土方は本件事故発生後、慈恵医大病院において脳震盪症の診断をされ、翌日精密検査をうけ、その後昭和四一年四月九日までになお二日間通院し、暫らく自宅で静養したうえ、同月下旬頃から勤務についたが、同年七月頃に至つて、持続的に頭痛を覚え、時に嘔吐感、肩こり等の自覚症状に悩まされるので、同年七月中旬頃府中市内の大阿久医院に一週間位通院し、八月中にも調布市内の辻医院に三回位通院し(原告会社への勤務は、前者は一週間位、後者は二週間位にわたつて、いずれもいわゆる病欠)たものの、症状軽快しなかつたので、同年九月二二日頃慈恵医大病院を訪れ、再診を乞い、その後昭和四二年五月一一日頃まで実診療日数合計八八日間同院に通院し、牽引療法、投薬、マッサージ療法をうけ、コルセットを装用したりして加療し、かねて時に前記大阿久医院をも訪れ、さらに同年五月二九日頃から昭和四三年五月二一日までの間実診療日数合計五九日慈恵医大病院に通院加療し(昭和四一年九月下旬から昭和四二年八月下旬頃までと同年一一月下旬から昭和四三年五月下旬頃までは、運転手として全く勤務できない状況であつた。)た結果、その頃には他覚的所見にみるべきものがなく、軽度の自覚症状を遺すのみとなつたが、自動車運転という職種の特殊性もあつて、昭和四三年一〇月頃における勤務状況は、事故発生前の平常月と対比すると半分程度に軽減されざるを得ない状況にあることが認められる。

(2)  原告会社の蒙つた損害一一六万二一一七円

〔証拠略〕を総合すると、原告土方は本件事故発生当時二五才の健康な男子で、原告会社に自動車運転手として勤務し、平均月額五万七一四七円の給与と一年間に上・下二期賞与を得ていたものであるところ、前記のとおり本件交通事故による受傷のため、長期間にわたつて勤務できなかつたが、原告会社はいわゆる労働協約により、このうち昭和四一年四月分の一部、同年一〇月分から昭和四二年八月分まで(そのうち昭和四二年四月分からは、いわゆる昭和四二年度春斗による昇給分を含む。)、同年一二月分の一部、昭和四三年一月分から五月分まで(そのうち四月分以降はいわゆる昭和四三年度春斗による昇給分を含む。)合計九八万五六一七円の給与と昭和四一、四二年各上・下期分賞与合計一七万六五〇〇円とを原告土方にその都度支払い、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(3)  原告土方の蒙つた損害

(イ)  慈恵医大病院に昭和四二年五月三〇日までに支払つた治療費一一万二五〇〇円(証拠甲第六、七号証)

(ロ)  通院交通費一万二八八〇円(〔証拠略〕)

(ハ)  慰謝料七〇万円(資料上掲諸事実と弁論の全趣旨により推知される受傷による若干の昇進昇給のおくれ等不利益を蒙つたことによる精神的苦痛)

(4)  弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告らは原告ら訴訟代理人弁護士前田茂との間に、本訴の提起と追行方とを委任することおよびその着手金ならびに成功報酬を支払うことを約し、そのうち着手金として昭和四二年一二月一〇日原告会社は三万円、原告土方は四万円を支払い、さらに昭和四三年九月二八日前者は三万円、後者は二万円を支払つたほか、成功報酬として原告会社は一一万六〇〇〇円、原告土方は一六万円の支払債務を負担していることが認められるが、事案の難易、本訴審理の経過、前記認容額等諸般の事情から、このうち、いずれも着手金全額のほか成功報酬四万円の限度で、本件事故と相当因果関係のある損害と解するのが相当である。

三、示談成立の抗弁に対する判断

本件全証拠によるも右抗弁事実を認めるにたりず、却つて〔証拠略〕を総合すると、被告らは本件事故発生の態様および原告土方の蒙つた損害の程度等について充分調査することもなく、いわゆる強制賠償保険金の査定額内に損害賠償額をとどめようとし、原告会社のいわゆる事故係大村霞が右保険金請求手続に腐心したり、原告会社調布営業所長坂本亘が被告らの不誠意を難詰してきたりした際、キャピタル保険会社課長石田外威らをして、同人らの代理権限の存否および範囲について確かめもせず、強制賠償保険金の査定額について詳細に検討もしないで、いわゆる自賠法一六条所定の被害者請求手続に協力する旨を表明させたにすぎないものと推認されるから、被告らの前記主張は採用できない。

四、よつて被告らは各自、原告会社に対し前記(2)(4)の合計一二六万二一一七円およびうち七一万七一三円((2)中六八万七一三円および(4)の着手金中昭和四二年一二月一〇日支払の三万円)に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四二年一二月三〇日から、うち五一万一四〇四円((2)中四八万一四〇四円および(4)の着手金中昭和四三年九月二八日支払の三万円)に対する本件請求拡張の準備書面陳述の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年一〇月四日から各支払ずみに至るまで民法所定の各年五分の割合による遅延損害金、原告土方に対し前記(3)(4)の合計九二万五三八〇円およびうち八六万五三八〇円(前記(3)の(イ)、(ロ)、(ハ)および(4)の着手金中昭和四二年一二月一〇日支払いの四万円)に対する右昭和四二年一二月三〇日から、うち二万円に対する右昭和四三年一〇月四日から各支払ずみに至るまで同率の遅延損害金の各支払義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で正当として認容し、その余は矢当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例